2012年6月11日 (月)

日々是々

我が家にはメス猫ばかり3匹いるが、実は雄猫が1匹いた。あるえの弟で、しうと言った。しう君は生きておれば今頃7歳であったが、2年前の昨日、私の目の前で息を引き取ったのである。人懐っこく、甘えたで、なによりあるえを本当に慕っていたのだが、獣医さんでワクチン注射をしてもらってから、病気がちになり、2年前のこの時も、獣医さんに連れていくほどに悪くなっていき、ついには肺癌だ、手遅れだと言われた。それで入院していたものを引き取りに行ってき、私の家で、私の部屋でみとったのであった。翌日、火葬車を呼んで、火葬にふし、我が家の狭い庭の片隅のアジサイの木の下に埋めて、川から石を拾ってきて立てた。当時は、しうを思い出すにつけ涙がとまらず流れた。仕事中であれ、なんであれ、涙が流れた。あれから2年がたった。アジサイの木はだいぶ大きくなったが、しうはかわらず石の下で眠っている。生きているモノは、いつかは命が果てる時がくる。実にはかないものである。しうの思い出は、私の心に強く焼き付いてはいるが、その私としていつかは土の下に眠る時が来て、生きている人たちの思い出からも消え去る日がくるだろう。

2012年4月19日 (木)

らむちゃはこの春8歳に

おひさしぶりです。らむちゃは、この春8歳になります。しかし、未だに私には懐きません。

これは最近の映像です。

2011年12月 2日 (金)

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あるえとらむちゃが我が家に来てから、7年が過ぎた。けいが来てから6年が過ぎた。あるえもらむちゃもけいも、みんな猫としては中年おばさんの領域である。かくいう私も50代半ば達してしまった。この1年猫たちは首輪なし暮らしを続けてきたが、いまだ首輪のあとはとれない。家内はいつまで首輪をとったままにしておくのかしらないが、これはずっとかもしれない。

2011年11月 7日 (月)

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すっかり更新が遠ざかってしまった。

猫たちも変わりなく、私自身も、入院生活を続けている母も元気にしている。入院していて元気というのも変だが、ただ、生活の場が家とは違うことになったため、私が行っても、誰がきたのかわからなくなってしまった。誰や知らん人だという。

ともあれ、日々のブログ更新は、ここではなくて、違う場でしております。二つも記事を書けないので、ここの更新が遠ざかったしまったのでした。

よければ、こちらの方をご覧ください。

http://minkara.carview.co.jp/userid/1221510/blog/

2011年10月 5日 (水)

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母のことやなんだかんだで、忘れていたが、先月あるえが7歳になったようだ。

あるえは、私のペットでよく寝ている。ただ、よく吐くのが困ったもので、過日も、私が寝ている顔の横で、急にえづき初めて驚いて目が覚めた。結局、まくらと敷布に被害を受けた。一段落すむと、また寝るのであった。本当によく寝る。そして、今もこうやって寝ている。

2011年10月 4日 (火)

久々にみんなで外食

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横浜のおねぇちゃんが久々に帰ってきた。おねぇちゃんが、鳥鍋を食べたいと言っていると聞いていたので、鳥料理の店を探していたが、本人に聞くと肉が食べたいという。それで、本人の希望もあって、三嶋亭というお店に牛肉を食べにいくことになった。アーケードに阻まれてわかりにくいが、今時珍しい木造三階建の古い建物のお店である。通行人風の黄色の服の女性は、我が家のおねぇちゃんであったりする。 004      

 

 

 

 

 

 

 

通されたのは、三階にある床の間のある小部屋。

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こんな丸窓もあったりする。片隅に写っているのは私の家内。非公開のためデホルメしています。

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天井も竹細工で彩られている。

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まずは一枚肉を焼いた後、野菜を並べる。

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お肉は、こんな感じ。とってもやわらかく、ジューシーでした。久しぶりにたらふく食べてお腹いっぱいになりました。

2011年9月26日 (月)

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昨日は、入院している母の転院の日であった。私の母は、私が深夜に部屋を点検に行った時、ペットの下に倒れていて、翌日、病院に連れて行って、大腿骨骨折の手術を受けて以来、病院を転々として、我が家に帰っていない。もしかしたら、もう帰ってくることはないかもしれない。というのも、手術の予後が悪く、細菌が繁殖して、敗血症のショック症状がでて、もうあと少し放置すれば手遅れであの世の行きというところまで一旦行っているからだ。高齢ということもあって手の施しようがないという病院側に、私が手術でる病院に転院させてくれと言って、一命を取り留めて、今に至っている。そして、これが三度目の転院だ。転院に際しては、介護タクシーを頼むように病院に指示されるが、私は前の転院の時も、今度も自分の車で、これを行った。レガシーで母を運ぶ時が、私の一番幸せな時間であったりする。

2011年9月12日 (月)

11/09/12

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9月になっても、いつまでも暑い日が続く。我が家のガレージは、奥行きが10m。車が2台おける筈であった。ところが奥の部分は、エアコンの室外機や家内が庭いじり用に小さい物置をおいていたりして、それでも、前のコンホートはかろうじて奥まではいったが、アウトパックは車体が大きいので、奥まではいらなくなってしまった。加えて、ガレージそのものも、いままでは問題なくはいっていたのに、アウトパックは、何度もきわどい切り返しをしないと門柱がじゃまになってはいらなくなってしまった。それで門柱を撤去する工事を業者に頼んでやってもらうことにした。006

 

 

 

 

 

 

 

門柱と門扉がなくなってしまったが、横隣に、もう1台、車が置けることになった。これで、洗車がしやすく、また車で来客があっても、対応できるようになった。勿論、アウトパックも楽々入出庫できる。

しかしながら、レガシーアウトパックを買ったために、ここまでしないとならないとは、全く想定外でした。

2011年8月28日 (日)

ほっと一息

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九月が間じかにせまってきて、まだ8月とはいえ、夜中はだいぶ涼しくなってきたのであろう。今まで窓際で寝ていたあるえが私のペットの脇で寝るようになってきた。

新車を買ってから三週間。おおむね燃費や走行距離と売上との相関関係も見えてきて、緊張感から解放されて、ほっと一息落ちつくところです。 仕事的には、極端な嫌われ方をする場面もあれば、極端な好かれ方をする場合もあり、足して2で割れば、どちらかといえば、やりずらい方に傾く。自分の趣味ということでマイナス分は納得するしかない。仲間的には、一部に霊柩車呼ばわりされており、自分で考えたほど、人は良くはみていないんだなということを肝に命ずる今日この頃である。実際、広い、天井も高い、ゆったりして乗れたという感想を聞く反面、中型料金とはいえ大型車ということが災いするのか、怖いもののようにして、目的地をだいぶ手前にして信号で止まった際に降りようとする人もいる。車名を尋ねられることは、10回に一回あるかないか程度だが、たいがい、トヨタのなんていう車かと聞かれ方をする。既に500人以上の人を輸送したが、知らない人が9割9分というところだ。つまり、御存知の方は5人程度。尋ねた人は、50人程度で、良い宣伝になったかは定かでないが、全体として、おおむね好印象をもって下車して戴いた。

さて、涼しくなってくると、時間的余裕をみつけて、山歩きに出かける局面である。新車の強みを生かして、大峰あたりの縦走を計画してみようと考えている。

2011年8月15日 (月)

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今日は、朝から墓参りに行った。我が家の墓のある天竜寺には、山門址の近くに池があって、毎年蓮が花を咲かせる。今年も、お盆の墓参りの季節に見ごろを迎え、まるで御招霊さんがひとつひとつの花に宿っておすわりになっているようであった。

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ハスの花を見ていると、命の尊さやこの世の有り難さをつくづく感じさせられる。

心配させられた黒猫号での営業は、案ずるより産むが安し、普通に手が挙がる。流し営業では、問題はないようだ。ただ世間にスバルレガシーが全く浸透していないようで、車名を言い当てるお客は、極めて少ない。そもそもに明らかに普通のタクシー車両でない車に乗り込みながら、車のことを尋ねない、無関心な人がほとんどなのであるが、車名を聞かれて、これがレガシーかと、驚かれる場合がほとんどである。

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またレガシーは、水平対向エンジンで、振動や騒音が少ないせいか、時にプリウスですかと尋ねられることがあった。広くて楽だと言っていただいたお客さんもいて、そういう時は、この車にして本当に良かったと思った。駅で外人さん4人が巨大なボストンバック4個を下げてタクシー乗り場にやって、どの車もその荷物を積むことができなかったことがあって、黒猫号が途中から駆り出されたのだが、余裕で荷物を積むことができた。また体が大きな外人さんも普通に座席に収まることができた。採算や経済性を除けば、まさに自家用車ではもったいない、タクシーのための車のように思う。ただこの車は、近距離輸送にはもったいない。中長距離の輸送にこそ、その本来の力を発揮すると思う。

黒猫号と同一車種は、街を走っていても滅多に見かけないのではあるが、たまに横に並ぶことがある。こちらは、どういう人がオーナーになっておられるのか気になって、ついつい視線を送るのだが、先方からこちらを気にされたことがないのも寂しい点ではある。まぁなにはともあれ、これから7年この車と無事に楽しく過ごせれば良いと思っている。